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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)91号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告多摩市長の原告に対する昭和四八年三月三〇日付け休職処分は無効であることを確認する。

2  被告多摩市は、原告に対し金二九六五万五五五四円及びこれに対する昭和四八年三月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  原告の主張

1  起訴休職処分の存在と復職までの経過

(一) 原告は、昭和四五年四月、被告多摩市(以下「被告市」という。)に採用された一般職たる地方公務員で、同市市民部(旧民生部)市民課に在籍している者である。

(二) 原告は、同四八年一月二二日、火薬類取締法違反容疑で逮捕され、さらに同年二月、爆発物取締罰則違反容疑で逮捕、勾留され、同年三月六日、東京地方検察庁(以下「東京地検」という。)検察官により、別紙(一)記載の爆発物取締罰則違反の罪で、東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)に公判請求された(以下「本件起訴」という。)。

(三) 原告の任命権者である被告多摩市長(以下「被告市長」という。)は、本件起訴を理由に、地方公務員法(以下「地公法」という。)二八条二項二号に基づき、同年三月三〇日付けで原告を休職処分に処し(以下「本件休職処分」という。)、多摩市一般職の職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)一六条四項の規定に基づき、同日以降原告に対し、給料、調整手当及び住居手当の六〇パーセントを支給する措置をとった。

(四) その後、原告は、東京地検検察官により、同年四月四日別紙(二)記載の爆発物取締罰則違反、殺人、殺人未遂の罪で、同年五月五日別紙(三)記載の爆発物取締罰則違反、殺人未遂の罪で、それぞれ東京地裁に公判請求された。

(五) 右各公判請求を受けた東京地裁刑事第九部は、同五五年四月八日原告を保釈し(以下「本件保釈」という。)、審理の結果、同五八年五月一九日原告に対し、公訴事実を認めるに足る証拠がないとして無罪判決を言い渡した(以下「本件無罪判決」という。)が、東京地検検察官は、同月三一日右判決に対し控訴を申し立てた。

(六) 被告市長は、本件保釈や本件無罪判決があったにもかかわらず、本件休職処分を撤回せず、東京高等裁判所(以下「東京高裁」という。)が同六〇年一二月一三日右検察官の控訴を棄却する判決を言い渡し、同判決が確定して初めて、同月二八日付けで原告を復職させた。

2  本件休職処分の違法性

(一) 地公法二八条二項二号の起訴休職処分の違憲性

(1) 起訴休職処分には次のような不利益が法的効果として伴う。

〈1〉 給料等の不利益

地方公務員たる職員(以下「職員」という。)が起訴休職処分を受けると、その休職の期間中、給料、扶養手当、調整手当及び住居手当は各自治体の条例で定められることになるが、被告市の場合、それぞれ六〇パーセント以下に相当する金額しか支給されず(給与条例一六条四項)、しかも、六〇パーセントの基準たる給料額は、処分時の等級号俸相当額とされており、休職の期間がいかに長期になろうとも昇給、昇格の利益を受けることはない。

〈2〉 退職手当等の不利益

職員の退職手当は、退職の日におけるその者の給料の月額に、一年につきその者の勤続期間に応じた割合を乗じて計算されるところ、右勤続期間の計算において、在職期間のうちに休職により現実に職務を執ることを要しない期間のある月が一以上あったときは、その月数の二分の一に相当する月数が在職期間から除算される(東京都市町村職員退職手当組合退職手当支給条例(以下「退職手当条例」という。)一〇条四項)ため、休職期間が長期にわたればわたるほど、退職手当の減額が大きくなる。もっとも、退職手当条例一〇条四項によれば、起訴休職において無罪の判決が確定した場合には、減額がなされないこととされているが、これは一般的な取扱いではなく、仮に在職期間の削減がないとしても、退職手当の計算の際基準となる「退職の日におけるその者の給料の月額」は、休職期間中、昇給、昇格がないため、起訴休職処分がない場合と比べて、大幅に低額とならざるをえない。また、地方公務員共済組合法による退職年金の支給においても、その計算の際基準となる「給料年額」において同様の不利益を受ける(地方公務員等共済組合法七八条)。

〈3〉 復職後の不利益

裁判所で当該刑事事件の無罪が確定すると、休職処分を受けていた職員は自動的に復職することとなり(多摩市職員の分限に関する手続及び効果に関する条例(以下「分限条例」という。)三条二項)、復職時に部内の他の職員との間に給料上の格差が生じた時には調整されることとなっているが、調整の方法は、定期昇給の方法に準じるのみで、昇格の方法は用いられないうえ、調整期間換算における換算率は、任命権者が三分の三以下の率で裁量によって定めることとされているから、無罪が確定しても、休職期間中、毎年定期昇給があったであろう等級号俸に調整される保証はない。

〈4〉 就労の禁止による経済的・精神的不利益

起訴休職処分を受けた職員は、「職員としての身分を保有するが、職務に従事しない」(分限条例四条一項)とされているので、地公法三八条により私企業から収入を得ることができないため、従前支給されていた給与等の六〇パーセントの金額で、すべての生活をまかなわざるをえず、従前の生活水準の維持は不可能となる。また、就労の意思があるにもかかわらず、それを実現できない精神的苦痛は大きく、仮に復職したとしても、長期間職務に従事できなかったため職務になじめないことによる精神的ストレスを負わなければならない。

〈5〉 裁判の長期化による不利益の累積

わが国の刑事裁判では、否認事件の審理は数年にわたって行われるのが一般化しており、事件が高等裁判所、最高裁判所に係属することとなれば、審理が一〇年を越えることも珍しくなく、本件起訴等に係る事件も、公訴提起後、判決確定までに約一三年を要している。このような裁判長期化は、無実の罪を着せられた被告人にはなんら責任がないものであるが、右〈1〉ないし〈4〉に述べた起訴休職処分による不利益を累積させ、停職処分(無給だが期間は六か月以内とされているから、処分後一年三か月を経過すると、同時に休職処分を受けた者より給与総額が多くなる。)はもとより懲戒免職処分(地公法一六条三項により処分の日から二年を経過すれば再採用の道が開かれているため、懲戒免職処分を受けた者が二年経過直後に再採用された場合には、処分後五年を経過すると、同時に休職処分を受けた者より給与総額が多くなる。)による不利益より重くなることもありうる苛酷なものとしている。そして、無罪判決が確定した場合であっても、右苛酷な不利益を回復するための制度的保障は現行法上存在しない。

(2) 起訴休職処分には右(1)で述べるような法的効果が伴う以上、地公法二八条二項二号に基づく起訴休職制度は、憲法三一条、一四条、一三条、二五条(以下「憲法一三条等」という。)に違反する。

憲法三一条は、「無罪の推定」の原則を規定していると解されるところ、同原則によれば、被告人は、有罪の証明があるまでは、原告としてなんら罪のない者に準じて取り扱われ、それによる不利益も必要最小限度にとどめられるべきであるから、行政機関たる懲戒権者は、被告人をなんら罪のない者と同様に処遇、評価しなければならないところ、起訴休職処分は、起訴されたことのみを理由として、被告人に前記(1)の〈1〉ないし〈5〉のような苛酷な不利益を課し、被告人を犯罪者として扱うものであるから、起訴休職処分を定める地公法二八条二項二号は、憲法三一条に違反する。

被告人に「無罪の推定」の原則が適用される以上、被告人は、他の一般国民と同様の処遇、取扱いを受けるべきであるから、起訴されたことのみを理由として職員を不利益に処遇することを認めた地公法二八条二項二号は、憲法一四条に違反する。また、私企業の従業員については、不服申立てについてなんらの制限がなく、保釈、無罪判決等休職以後に事情の変化があれば、休職が無効とされるのが一般であるのに対し、地公法二八条二項二号は、起訴休職処分を行政処分としているため、不服申立ての方法、手段が限定されており(六〇日以内に人事または公平委員会に不服申立てをしないと、起訴休職処分に重大かつ明白な瑕疵がない以上救済を受けられない。)、かつ、裁判例においては、行政処分の瑕疵は処分時において判断され、処分後の事情の変化(保釈、無罪判決等)は処分の効力に影響を与えないとされるのが一般であるから、この意味においても地公法二八条二項二号は、起訴されたことのみを理由として、職員を他の一般国民より不利益に取扱うものであって、憲法一四条に違反する。

生活保護法による保護の基準(昭和三八年四月一日厚生省告示第一五八号、改正昭和五九年厚生省告示第六一号、同第一三八号)によると、二〇歳から四〇歳までの夫婦二人と六歳から八歳までの子供一人の世帯の生活扶助基準生活費は一二万三四四〇円であるから、右の家族構成で起訴休職処分を受けた当時、二〇万五七三三円以下の給料を受けていた者は、処分以後は、生活保護を受けている者より少ない金額での生活をしなければならない。そうすると、起訴休職処分を定める地公法二八条二項二号は、起訴されたことのみを理由として、職員に生活保護基準を下まわる生活を余儀なくさせる意味において憲法一三条、二五条に違反する。

なお、起訴休職処分は、職員が起訴されたこと自体のほか、起訴されたことによって公務に対する信頼が失われ、職場秩序に悪影響を及ぼす場合又は職員が職務専念義務を全うできない場合にのみ許されると解することにより違憲でないとするのは、「公務に対する信頼が失われるおそれ」、「職場秩序に対する悪影響」といった概念が極めて漠然としており、これらの要件を考慮することにより、起訴休職処分が可能な場合が限定されるとは言い難いし、また、これらの概念の理解の仕方によっては、すべての起訴が「公務に対する信頼が失われるおそれ」を持ち、「職場秩序に対する悪影響」を及ぼすことになり、起訴のみを理由として起訴休職を認めることと同一の結果となるので、許されない。

(二) 本件休職処分の違憲性

仮に地公法二八条二項二号が憲法一三条等に違反しないとしても、原告に同条項に基づく休職処分を命じうるのは、原告の憲法上の諸権利を制限し、かつ、原告を職場から排除しなければならない明白かつ現在の理由がなければならないと解すべきところ、本件においては、後記(四)の(1)ないし(3)のとおり、そのような理由ないし事情はなかったのであるから、原告に同条項を適用して行った本件休職処分は、憲法一三条等に違反した違法かつ無効な処分である。

(三) 処分手続の瑕疵

起訴休職処分は、(一)の(1)で述べたとおり、職員に対し極めて大きな不利益を課すものであるから、被告市長は、処分に当たっては、単に起訴があった事実のみでなく、職員を引き続き職務に従事させた場合、住民の公務に対するどのような信頼が失われるのか、失われる信頼は原告を配転するなどで回避できないのか、職場にどのような悪影響を与えるのか等につき十分な事実調査をなす義務があるにもかかわらず、右義務を果たさず、単に起訴された事実のみから本件休職処分をしたものであるから、本件休職処分は手続上の瑕疵がある違法かつ無効な処分である。

(四) 裁量権の逸脱又は濫用

本件休職処分は、次に述べるとおり、原告に公務に対する信頼失墜のおそれも職場に対する悪影響もなかったうえ、原告の職務専念義務の不履行も処分理由となしえないにもかかわらず、行われたものであるから、裁量権を逸脱又は濫用してなされた違法かつ無効な処分である。

(1) 公務に対する信頼について

原告は、昭和四八年一月二二日に逮捕された当時、多摩市民生部市民課主事として窓口係に配属され、市内指定地域をマイクロバスで巡回し、各種異動届等の受付、各種謄抄本・証明書の交付といった書類の単なる受付及び交付を主たる職務としていたところ、同職務は、被告市の公務に対する住民の信頼と直接かかわるものではなく、本件起訴に係る公訴事実とも無関係であった。また、多摩市組織規則八条九項によると、主事は上司の命を受けて職務に従事する、いわば、行政末端の職員とされており、原告には部下もいなかったのであるから、原告が監督的地位にあったということもできない。さらに、右公訴事実は原告が被告市に就職する以前の出来事とされていたうえ、原告は公訴事実を否認していたのであるから、本件起訴によって原告ないし被告市の公務に対する住民の信頼が失われることはなかった。

(2) 職場秩序に対する悪影響について

原告は、その性格も手伝って、職務には忠実で、同僚からの信頼も厚く、その人柄から信望もあり、被告市職員の約九九パーセントで組織されている多摩市職員組合の副執行委員長に選出されており、原告の同僚は、原告に対する起訴は誤りでありえん罪であるとして、多摩市堀救援会を組織し、同職員組合も同救援会を認知して経済的援助をし、同僚二名が原告のえん罪を晴らすため弁護側申請証人となったほどであり、これらの事実に鑑みるならば、原告が本件起訴後引き続いて職務に従事しても、職場秩序に悪影響を与えることは全くなかった。

(3) 職務専念義務の不履行について

原告は、同四八年一月二二日逮捕されて以来、本件休職処分当時まで事実上職務専念義務を履行できなかったが、これは裁判所の勾留決定が原因であり、起訴によって職務専念義務に支障が生じたわけではないから、このような職務専念義務の事実上の不履行は、原告を職場から排除する理由とはなりえない。また、わが国における刑事裁判の実情からすれば、公判は、一、二か月に一回の割合で開かれるにすぎず、その期日も予め余裕をもって指定されるから、予定される公判期日への出頭や公判準備等は年次有給休暇をとることによって十分対応できるし、公判準備等は勤務時間終了後でも可能だから、起訴後予定される公判期日への出頭のための職務専念義務の不履行も原告を職場から排除しうる理由とはなりえない。

(五) 本件休職処分の遡及的違法

仮に本件休職処分が発令時には違法でないとしても、後記3の(一)ないし(一〇)の事情によれば、本件保釈の時点又は本件無罪判決の時点で本件休職処分を維持すべき理由はすべて消滅したから、その時点で同処分は発令時に遡って違法かつ無効なものとなった。

3  本件休職処分を漫然継続した不作為の違法性

仮に本件休職処分が違法かつ無効でないとしても、次に述べる事情によれば、被告市長は、当該刑事事件の動向、判決内容等を十分調査したうえ、原告に対する本件保釈あるいは本件無罪判決の時点で、本件休職処分を撤回すべきであったのにこれをせず、右の各時点以降も漫然と同処分を継続したことは、裁量権を逸脱又は濫用したもので、右不作為は国家賠償法一条一項にいう違法な行為に当たる。なお、分限条例三条二項は、起訴休職処分の期間を「当該刑事事件が、裁判所に係属する間とする。」と規定しているが、同規定は期間の最長期を定めたものにすぎず、任命権者を覊束するものではないと解すべきであり、仮に覊束するというのであれば、前記2の(一)で述べたとおり同規定そのものが、憲法一三条等に違反し無効である。

(一) 原告の本件起訴及び追起訴に係る各公訴事実は、別紙(一)ないし(三)の事実のとおりであり、後記(3)記載の事実とともに、過激派による一連の爆弾闘争事件とされたものである(被告人相互の共謀関係は、別紙(五)記載のとおり)。これらの公訴事実は次のとおり呼称されている。

(1) ピース缶爆弾製造事件 別紙(二)の第一記載の事実

(2) ピース缶爆弾八・九機事件 別紙(一)記載の事実

(3) ピース缶爆弾アメリカ文化センター事件 MTら数名(原告を除く)は、共謀のうえ、同年一一月一日、千代田区永田町山王グランドビル内アメリカ文化センター受付カウンターに、ダンボール箱入り時限装置付きピース缶爆弾一個を装置したとの事実

(4) 日石事件 別紙(三)記載の事実

(5) 土田邸事件 別紙(二)の第二記載の事実

(二) (一)の各事件の起訴当時、これらの犯行が原告らによって行われたことを裏付ける物的証拠は全くなく、情況証拠も極めて乏しく、二名を除く被告人らの自白調書だけがその証拠とされていただけであったが、右自白は、捜査官による連日の夜遅くまでの長時間かつ追及的取調べによって強制されたもので、被告人らの任意によるものではなかった。このため、否認を通した被告人二人を除く他のすべての被告人は、第一回公判期日以後自白を翻した。

(三) 昭和四八年六月、日石事件において爆弾をリレー搬送したとされ、関係被告人が一致してその旨自白していたNR被告人について、警視庁の資料によって、同被告人が、爆弾を搬送していたとされた時刻に府中運転免許試験場で試験を受けていたとのアリバイが証明された。同四九年一〇月一六日には、ピース缶爆弾製造事件の被告人とされていたIHにつき、アリバイが判明し、同五一年一月二九日のSKに対する無罪判決においても、同人のアリバイの成立する余地が認められ、さらに同五八年三月二四日のMHに対する無罪判決は、土田邸事件の搬送当日の昼ころ、被告人MNが富士銀行吉祥寺支店で預金払戻をしていたとのアリバイを認定した。

(四) 原告を含む被告人らの公訴事実は死刑にも値するもので、現に、検察官は、論告において、MTに死刑、原告及びERに無期懲役を求刑したが、東京地裁刑事第九部は、同五二年四月にEK及びNRを、同五四年五月にER及びMNを、同五五年四月八日に原告を、同五七年五月一七日に一連の事件の主犯とされていたMTを、それぞれ保釈し、結局、被告人全員を保釈した。

(五) 東京地裁刑事第九部は、検察官から申請されていた被告人らの自白調書等の取調べ請求を、極めて例外的なものを除いてすべて却下した。すなわち、同五六年一一月一八日にMT及び原告(同年一二月二日、右証拠決定に対する検察官の異議を棄却した。)、同五七年三月一七日にMI、NT及びKM、同四月一五日にEK及びMH、同年五月一三日にSKの各供述調書のほとんどを、供述に任意性がないとして却下した。

(六) AHは、同五四年三月二七日、東京地裁刑事第五部において、ピース缶爆弾八・九機事件の真犯人はWMである旨証言し、WMは、同五五年四月一〇日、東京地裁刑事第五部においてピース缶爆弾八・九機事件は同人が実行した旨証言した。さらに、MYは、同五七年五月二五日、ピース缶爆弾製造事件は同人が実行した旨の証言をした。

(七) 東京地裁刑事第三部は、同五一年一月二九日、日石事件で起訴されていたSKに対し無罪判決をし、これに対し、検察官から控訴申立てがなされたが、東京高裁刑事第一〇部は、同五三年八月一一日、控訴を棄却し、右無罪判決が確定した。同五八年三月二四日には、東京地裁刑事第六部が、土田邸事件で起訴されていたMHに対し無罪判決をし、検察官控訴のないまま確定した。そして、東京地裁刑事第九部は、同年五月一九日、原告ら九名全員に対し無罪判決をした。

(八) マスコミの報道は、当初より本件刑事事件の証拠が確固としたものでないことを指摘していたが、前記のアリバイ、反証が明らかになるにつれ、徐々に本件に疑問を抱く記事を載せるようになり、無罪判決を予想するような論調になってきた。その後、原告らの捜査段階での供述調書の取調べ請求に対する却下決定が出され、最大の争点につき裁判所の見解が示されたので、マスコミも無罪判決を確実視する論調となった。このような状況の中で、原告に対し無罪判決が言い渡されたが、これは予想された当然の判決であり、マスコミも当然の判決という論調であった。したがって、検察官が控訴したけれども、無罪判決が覆ることがあるなどとは誰も全く考えず、マスコミの報道においても同様であった。

(九) 多摩市役所の原告の同僚達は、起訴当初よりこれを疑い、原告の無実を信じていたが、やがてその人々が中心となって、同四九年一月に「多摩市堀救援会」なる救援組織を結成し、公判のニュースを流し、ビラを撒き、集会を開く等の活発な活動を展開していた。また、SKの裁判において、検察官から、原告が日石事件で使用された女性用の事務服を多摩市役所の市民課から盗んだと主張されていたので、その被害者とされていた多摩市役所職員二名が証人として出廷し、自分たちの事務服が盗まれたことはないと証言し、多摩市役所職員は、身近に本件起訴の不当性を実感することになった。さらに、同五〇年四月二日の多摩市職員組合の定期組合大会において、原告の救援決議がなされ、原告を支援することが組合全体の動きとなり、原告の無罪判決を求める動きがますます活発となって、この段階では、多摩市役所内部で原告の無実を疑うものは一人もいなくなったと言っても過言ではなくなった。以上のような状況のもとで、原告は保釈されたが、有罪となれば死刑も予想される事案であるにもかかわらず、保釈が許可されたのは極めて例外的なことであり、支援者、多摩市役所職員をはじめとする一般人に対し、裁判所の心証を推測させ、原告の無実及び無罪判決の確実性を納得させるに十分であった。さらに、多摩市役所職員は、前記自白調書の却下決定等により、ますます、原告の無実を確信し、また、同市職員組合においては、ほとんど毎年原告の支援決議をし、同意思を固めていた。

(一〇) 以上のとおり、裁判そのものが被告人に有利に進行し、新聞報道も無罪判決の予測に傾きつつある状況において、本件保釈又は本件無罪判決の時点で原告が職場に復帰し公務に就いたからといって、公務に対する信頼失墜は全く考えられないし、多摩市役所職員の意識状況は前記のようなものであったから、原告が復職したからといって職場秩序の乱れ等は全く考えられなかった。そして、原告が保釈された後は労務を提供できることは明白であり、現に原告は市当局に対し直ちに復職させるよう何度も要求しており、公判への出頭も年次有給休暇の範囲内でまかなえるから、原告が職務に専念できることになんらの支障もなかった。さらに、第一審で無罪判決が言い渡されれば、被告人に対する嫌疑は大幅に減少するから、原告が本件無罪判決を受けた後は、公務に対する信頼失墜のおそれや、職場秩序の乱れ等が全く考えられないのはもちろん、控訴審では被告人の公判への出頭義務そのものがなく、控訴審が出頭命令を出しうるとしても同命令が出される事例は極めて乏しく、現に本件においても出されていないわけであるから、原告が職務専念義務を尽くすことが極めて容易であることは、明らかであった。

4  被告市の責任

被告市長がした違法な本件休職処分とその継続は、被告市の公務員がその職務の執行につき故意又は過失により行った不法行為であるから、被告市は国家賠償法一条一項により、原告が右不法行為によって受けた損害を賠償する責任がある。

5  原告の損害

(一) 本件休職処分による給料等の損失 金二六六五万五五一四円

原告は、本件休職処分がなければ、昭和四八年四月から同六〇年五月までの期間中に給料、住居手当及び期末手当の総額として別紙(四)の記載のとおり金三八七五万五一六八円を得られたところ、本件休職処分により、一二〇九万九六一四円の支給しか受けられず、その差額金二六六五万五五一四円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 慰謝料 金三〇〇万円

原告は、なんらの非違行為がないにもかかわらず、本件休職処分によって、給料等の減額はもとより職場を一方的に奪われ、職場での組合活動を禁圧され、将来の身分上、生活上の不安を抱えながら、復職をかちとるため長期間の歳月を費やさざるをえなかったうえ、退職金の算定等につき不利益となるほか、将来にわたり有形、無形の人事上の不利益を受けることになったものであり、これらのことにより原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料は、金三〇〇万円を下らない。

6  よって、原告は、被告市長の原告に対する本件休職処分が無効であることの確認を求めるとともに、被告市に対し、国家賠償法一条一項に基づき金二九六五万五五五四円の支払を求める。

二  原告の主張に対する認否及び被告らの主張

1  原告の主張に対する認否

(一) 原告の主張1(起訴休職処分の存在と復職までの経過)の事実は認める。

(二) 同2(本件休職処分の違法性)の(一)(地公法二八条二項二号の起訴休職処分の違憲性)のうち、(1)の〈1〉ないし〈3〉の不利益があることは認め、その余は争う。

同2の(二)(本件休職処分の違憲性)、(三)(処分手続の瑕疵)及び(五)(本件休職処分の遡及的違法)の主張は争う。

同2の(四)(裁量権の逸脱又は濫用)のうち、原告が、昭和四八年一月二二日に逮捕された当時多摩市民生部市民課主事であり、市内指定地区をマイクロバスで巡回し、各種異動届等の受付、各種謄抄本や各種証明書の交付を主たる職務としていたこと、原告が右逮捕時から本件処分当時まで身体を拘束されており、この間職務を遂行することができなかったことは認めるが、その余の主張は争う。

(三) 同3(本件休職処分を漫然継続した不作為の違法性)のうち(一)ないし(三)の事実は知らない。同(四)及び(七)の事実は認める。同(五)及び(六)のうち、東京地裁刑事第九部が自白調書の取調べ請求に対し一部を却下したこと、WMがあったことは認め、その余の事実は知らない。その余は争う。

(四) 同4(被告市の責任)の主張は争う。

(五) 同5(原告の損害)のうち、原告が本件休職処分により、休職期間中の定期昇給を停止され給料、調整手当及び住居手当の六〇パーセント、総額一二〇九万九六一四円の支給を受けた事実は認める。なお、本件休職処分がなければ、原告が右期間中に得られた給料、調整手当及び期末手当の総額は三八八六万〇五九八円となるはずである。その余の事実は否認する。

2  被告らの主張

(一) 起訴休職制度の必要性と合理性

地公法二八条二項二号の規定する起訴休職制度は、起訴された職員が引き続いて現に職務に従事しているならば、そのことによって、その職員の職務内容や公訴事実の内容のいかんによっては、職場規律ないし職場秩序の維持に悪影響を及ぼすおそれがあるのみならず、その職務遂行に対する住民の信頼をゆるがせ、ひいては公職全体に対する信頼を失墜させるおそれが多分にあること、刑事被告人は原則として公判期日に出廷する義務を負い、一定の事由のあるときは勾留されることもありうるから、職員としての職務専念義務を全うしえず公務の正常な運営に支障を生ずるおそれもあることを考慮して、このような悪影響ないし支障を生ずるおそれのある職員をその身分を保留したまま一時的に職務に従事させないこととするものであり、これによって職場規律ないし職場秩序の維持、公務員の職務遂行に対する住民の信頼ひいては公職に対する住民の信頼を維持し、公務の円滑な運営を図ろうとするものであるから、同制度は必要かつ合理的な理由に基づくものである。

(二) 起訴休職処分の不利益性の主張について

職員が休職処分を受けると、その期間中給料等が削減させ、退職時に受けるべき退職手当の額が休職処分を受けない場合に比べて低額となるという不利益を受けること、無罪が確定して復職した後において、休職処分を受けたことのない他の職員との間の給料上の格差があっても十分に調整される保障がないことは原告の主張するとおりであるが、これらは休職処分についての地公法二八条二項二号が規定したものではなく、それとは別の給与条例、退職手当条例等が適用されたことによって生じた不利益であって、起訴休職処分自体がこのような不利益を与えているものではない。また、公務員が私企業に従事できないことは、公務員が全体の奉仕者であることから当然のことであって、休職処分によって初めて生じたことではない。

(三) 地公法二八条二項二号の違憲性の主張について

無罪推定の原則は、刑事裁判における被告人の人権保障の思想を表現したものであって、社会生活上の一切の関係においてまで無罪の推定をなすべきことを内容とするものとは解されないところ、起訴休職制度を規定する地公法二八条二項二号は、起訴された職員を有罪であると推定して休職を命ずるものではなく、前記(一)のような必要かつ合理的な理由に基づき定められたものであるから、なんら憲法三一条に反するものではない。

憲法一四条は、不合理な理由に基づく差別を禁止する趣旨のものであって、合理的理由のある差別まで禁止する趣旨ではないと解すべきところ、前記(一)のとおり、起訴休職制度は必要かつ合理的な理由に基づく制度であるから、同制度を定めた地公法二八条二項二号は、憲法一四条に違反しない。原告は、地公法二八条二項二号が起訴休職処分を行政処分とし、これに対する不服申立手段を私企業のそれに比べ不利益に制限している点においても憲法一四条に違反すると主張しているが、行政処分についての不服申立制度が原告のいうような制限を受けていることは、すべての行政処分に共通していることであって、起訴休職処分に限られたことではなく、行政処分についての不服申立手段が私法的行為についてのそれと異なった制度となっていることは当然のこととして正当視されているから、右主張は失当である。

起訴休職制度は、前記(一)のとおり必要かつ合理的な理由に基づく制度であるから、憲法一三条に違反せず、また、前記(二)のとおり、起訴休職処分それ自体は、職員に不利益を与えるものではなく、一時的に職務に従事させないというだけであるから、そのこと自体が、憲法二五条に違反することはありえない。

(四) 本件休職処分の違憲性の主張について

起訴休職処分をするには、起訴によって公務に対する住民の信頼の失墜、職場秩序への悪影響、職務専念義務の不履行が具体的に発生したことを要するものではなく、そのようなことの発生するおそれがあれば足りると解すべきところ、本件においては、公訴事実の内容からして、原告をして依然として公務に従事させていたならば、被告市の公務につき住民の信頼を失い、多摩市役所内の職場秩序に悪影響を及ぼし、本件起訴に続く公判や勾留により職務専念義務の不履行を生じるおそれが十分にあったのであるから、本件休職処分はなんら違憲ではない。

(五) 処分手続の瑕疵の主張について

被告市長は、本件休職処分をするに際し、昭和四八年三月七日、職員を警視庁に派遣し、同月九日付文書をもって、東京地方検察庁宛に照会を発して、本件起訴に係る公訴事実の内容を調査したうえ、同調査に係る公訴事実の内容よりすれば、原告を引き続き職務に従事させることは、被告市の公務に対する住民の信頼を失わせ、職場秩序に悪影響を及ぼし、原告が職務専念義務を履行しえないおそれが十分にあると判断した結果、本件休職処分をしたものであって、必要な検討は十分行っており、処分手続に瑕疵はない。

(六)裁量権の逸脱又は濫用の主張について

起訴休職処分をするか否かの裁量権を行使するにあたっては、個々の事案に即し、当該職員の地位、職務の内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条等の具体的事情を勘案し、その職員を引き続き職務に従事させることが、公務に対する信頼の保持、職場の規律・秩序の維持及び職務専念義務に悪影響ないし支障を生じるおそれがあるかどうかを総合的に判断しなければならないと解すべきところ、次に述べるとおり、被告市長が原告を起訴休職処分にしたことには、なんら裁量権を逸脱した違法はない。

(1) 本件起訴に係る公訴事実は、別件起訴に係る公訴事実とともに、一連の爆弾事件の中に位置づけられるものであり、事件の発生及び原告らが犯人として逮捕、勾留され自白したこと、右各起訴があったことは、広くマスコミに報道され、その結果、社会全体に強い衝撃と不安を与えた。

(2) 本件処分当時、原告は、主事として主事補に指導助言をする監督的地位にあり、各種異動届等の受付、各種謄抄本や各種証明書の交付を主たる職務としており、市民のプライバシーの保護など強い信頼保持義務を負っており、本件起訴に係る公訴事実は、それが事実であるとするならば、極めて反社会性の強い集団的暴力行為であり、一般社会人としての節度を著しく逸脱した違法行為であって、住民一般の強い非難を受けるような性質のものであることが明らかであるし、本件起訴に係る爆発物取締罰則違反の罪の法定刑は死刑又は無期若しくは七年以上の懲役及び禁錮であるから、仮に有罪判決が言い渡され、同判決が確定すれば、地公法二八条四項、一六条二号により、原告は当然に失職することとなるのであって、このような原告を引き続き当該職務に従事させることは、その職務遂行に対する住民一般の信頼をゆるがせ、ひいては職全体に対する信頼を失墜させるおそれがあったものといわざるをえない。また、地公法二八条二項二号は、職員をその意に反して休職させることができる場合として、「刑事事件に関し起訴された場合」と規定して、右刑事事件が当該職員の職務となんらかの関係のあることや、当該職員の就職中の出来事であることを要件としておらず、実質的に考えても、職員が起訴された場合には、それが当該職員の職務と関係があろうとなかろうと、就職以前の出来事であろうとなかろうと、住民は、反社会的な行為をした職員の職務執行に関して信頼を失うであろうことは、経験則上明白な事実である。

(3) 職場秩序に悪影響を及ぼすか否かは、主として公訴事実の重大性、これに対する市職員ないし住民の反応、起訴事件の無罪率等を総合して考えるべきであるところ、原告の本件起訴が職場の他の職員に相当の精神的動揺を与えたことは事実であるうえ、本件起訴に係る公訴事実は前記(1)のとおり社会的に大きな影響を与えたこと、検察官の起訴した事件の無罪率は、わずか〇・〇〇七パーセント(昭和五八年検察統計年報)にすぎないこと等を考えれば、本件起訴が職場秩序に悪影響を及ぼすであろうことは、容易に推測できるところである。

(4) 原告は昭和四八年一月二二日に逮捕され、本件休職処分当時すでに六八日間身体を拘束されており、この間全く職務を遂行することができなかったのであり、このような原告がなお職場における実働者に数えられ、その職務を他の職員が引き受けなければならないことによって生じる円滑な事務運営の阻害や、不健全な状態の継続が職場規律ないし秩序に悪影響を及ぼしたであろうことも否定できない。また、本件休職処分当時、原告が間もなく身体の拘束を解かれて職務に従事することができるようになると予測されるような事情はなく、仮に原告が保釈されたとしても、刑事被告人として公判廷に出頭する等のために勤務時間のすべてをその職責遂行のために用いることに支障をきたすことは、十分に予測されたのであって、原告は公務員としての職務専念義務を全うすることができず、職務の遂行に重大な支障を生じ、公務の正常な運営を阻害するおそれがあったことは、明らかである。

(七) 本件休職処分の遡及的違法の主張について

起訴休職処分の効力は、保釈の有無や当該刑事事件の有無、無罪に左右されないのであるから、後日保釈や無罪判決があったからといって、本件起訴休職処分が遡及的に違法、無効になることはない。

(八) 本件休職処分を漫然継続した不作為の違法性の主張について

(1) 地公法二八条三項は、職員の意に反する休職の手続及び効果は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、条例で定めなければならないとしており、これを受けた分限条例三条二項は、「法第二八条第二項第二号に該当する場合における休職の期間は、当該刑事事件が裁判所に係属する間とする。」と規定して、起訴休職処分の期間を覊束し、裁量の余地を認めていないから、被告市長としては、本件保釈あるいは本件無罪判決の時点において本件休職処分を撤回することは条例上不可能であったのであり、右各時点で右処分を撤回せず継続したことはなんら違法ではない。起訴休職制度の存在理由から考えても、当該刑事事件が裁判所に係属中は、休職の必要性は失われないから、右分限条例三条二項の規定は合理的であり、かえってこれに反する処分をすることは不合理かつ違法である。

(2) 仮に本件起訴休職処分を撤回するか否かについて被告市長に裁量権が認められるとしても、次に述べる事情のもとでは、本件保釈あるいは本件無罪判決の時点で同処分を撤回すべき合理的理由はなんら存しないから、右各時点以降も同処分を撤回せず継続したことは、裁量権を逸脱又は濫用した違法なものであるとはいえない。

〈1〉 本件保釈の時点についてみると、被告人が保釈されたということと、被告人が無罪であるという裁判所の心証とはなんら関連性がないこと、原告は主事という監督的地位にあり、その職務内容は強い信頼保持義務を伴うものであること、本件起訴及び別件起訴に係る公訴事実は、極めて反社会性の強い集団的暴力行為であって、罰条も死刑を含むものであったこと等の点に鑑みれば、本件保釈の時点で本件休職処分を撤回すべき合理的理由は存しない。

〈2〉 本件無罪判決の時点についてみると、右に述べたところに加えて、検察官の原告に対する求刑は無期懲役であったこと、裁判所は、本件無罪判決の理由中において、「本件証拠調の結果によれば、MT、MN、甲野、ERがそれぞれ起訴されたピース缶爆弾関係事件の犯行に関与し、その犯人であるとの疑いは強く残るものの、これと断ずるまでには至らず」と判示し、原告が右事件に関与したことを必ずしも否定したわけではなく、後日、右判決が覆される可能性を自ら残していたこと、本件は、原告らの自白の任意性、信用性が争点となったものであるところ、このような自白の任意性、信用性の有無については客観的な判断基準がなく判断が微妙とならざるをえないため、控訴審も、この点につき原判示及びこれに対する検察官の主張をふまえて再度、綿密、詳細な検討を経て初めて判断を下せたのであり、細部においては原判決の判断内容と相反する判断も見うけられるのであって、当然に無罪と認定できるような単純な性格の事件ではなかったこと、本件は、控訴審においても裁判所が出頭命令を出しうる事案であり、かつ、極めて社会の注目を集めた重大事件であって有罪となった場合には重刑が予想されることから、原告は、相当程度の訴訟準備に迫られ、公判にも出頭することが予想され、事実上職務専念義務を全うすることが難しいと考えられたこと、第一審無罪事件の検察官控訴事件の有罪率は約八割であること等の点に鑑みれば、本件無罪判決の時点で本件休職処分を撤回すべき合理的理由は存しない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告の主張1の起訴休職処分の存在と復職までの経過に関する事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、まず本件休職処分の違法性の有無について判断する。

1  起訴休職制度の合憲性について

地公法二八条二項二号は、地方公務員である職員が刑事事件に関し起訴された場合、その意に反してこれを休職することができる旨を定めている。地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法一五条二項、地公法三〇条)、その職の信用を傷つけたり、地方公務員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(地公法三三条)等、その地位の特殊性や職務の公共性を有する。このような特殊性、公共性を考えると、職員が刑事事件に関し起訴された場合に、その者を引き続き公務に従事させることは、当該職員の地位、職務の内容、公訴事実の内容いかんによっては許されないことがあるといわなければならない。なぜなら、一般に刑事事件に関し起訴された者は、相当程度客観性のある犯罪の嫌疑があるとの社会的評価を受けるのであり、とりわけ起訴された事件の有罪率が極めて高い我が国の刑事訴追制度の実情のもとでは、この評価を免れないということができるから、そのような者が現に職務に従事していることによって、その職務の遂行に対する住民の信頼を損ない、ひいては地方公共団体の職務全体に対する信頼さえ危うくしかねない。そればかりでなく、起訴されたことにより、職場の規律ないし秩序の維持に悪影響を及ぼすことがあり、さらには、刑事被告人は原則として公判期日に出頭する義務を負い、勾留されることもありうるので、職員としての職務専念義務を全うすることができない可能性があるからである。

このように、地方公務員が訴追を受けた場合、犯罪の嫌疑がある以上は当該職員を職務に従事させないこととする公益上の必要性があることは否定できないところであり、地公法二八条二項二号の起訴休職制度は、まさにこの必要性を満たすために、任命権者の裁量によって当該職員の身分は保有させたまま、一時的に職務に従事させないこととし、これにより、公務員の職務遂行に対する信頼を確保し、職場の規律ないし秩序の維持を図ろうとするものである(原告は、右規定は起訴されたという事実のみで休職処分を許すものであるから違憲であると主張するが、同規定は必要的休職を定めたものでなく、かつ、地公法は休職処分についての具体的な基準を設けていないから、休職処分を行うかどうかは、任命権者が右のような事情を考慮して裁量によって決すべきであると解される。よって、原告の右主張は採用の限りでない。)。したがって、同規定は、合理性を有するものといわなければならない。

原告は、起訴休職処分には苛酷な不利益が伴うから、地公法二八条二項二号が憲法三一条、一四条、一三条、二五条に違反すると主張する。起訴休職処分を受けると、多摩市の場合、その休職期間中の給料等が原告主張のとおり減額され、昇級、昇格の利益を受けられないこと、退職手当、退職年金の計算の際不利益を受けること、仮に無罪が確定して復職しても、休職により生じた給料上の格差が完全に是正される保障はないことは、当事者間に争いがなく、地公法三八条は職員が私企業に従事することを原則として禁止しているから、起訴休職処分を受けた職員が私企業から収入を得ることができないために、その経済的不利益が増大し、精神的にも不利益を受けることが推認され、これらの不利益が、当該刑事事件の審理の長期化により累積することは、明らかである。そこで、これらの不利益が伴う場合、起訴休職制度が違憲性を帯びるかどうかを検討する(なお、被告らは、起訴休職処分により被るこうした不利益は、条例の定めによるものであって、処分自体の効果とは関係がないから、地公法二八条二項二号の規定そのものの合憲性に影響がない旨主張する。地公法二八条三項は、起訴休職の効果につき、各地方公共団体の自治を尊重し、法律に特別の定めがある場合を除く外、条例で定めなければならないとしているが、同条二項二号による起訴休職処分と条例によるその効果とは、一体のものとして起訴休職処分を形成しているのであり、原告の主張もこのような不利益を伴う制度における起訴休職処分の合憲性を問題とする趣旨であると考えられるから、被告らの右主張は採用しない。)。

原告は、まず、起訴休職制度が憲法三一条の無罪の推定に反する旨主張する。同条が無罪の推定の原則を規定したものとしても、同原則は刑事裁判における被告人の人権保障の見地から説かれるもので、あらゆる社会生活の関係においてそのまま妥当するものではないのであって、起訴休職制度は、起訴された職員を有罪と推定して休職させるものではなく、前述のとおり起訴されたこと自体から生ずる影響を考慮して処分を行うものであるから、なんら無罪の推定の原則に反するものではなく、憲法三一条に違反するものではない。この点は、処分に前記のような不利益が伴うからといって、異なるものではない。

次に原告は、起訴休職の規定が憲法一四条に反すると主張する。憲法一四条は、社会生活上の一切の差別を禁止するものではなく、合理的理由による必要な限度の差別は許されるものであるところ、起訴休職処分を受けた職員は、処分を受けない職員と比較して、給与等について前記のような不利益を受けるが、これは、前述のとおり合理的理由に基づくものということができる。そして、休職者は、職員としての身分を保有するが、職務に従事しないのであるから、給与はその職務と責任に応ずるものでなければならない(地公法二四条一項)という原則からすれば、給与を支給されず、昇級、昇格もしないのが当然とも考えられ、また、退職手当は公務員の永年勤続に対する功績報償の性格を有する給与と解されるから、その算定にあたっては現実に職務に従事しない期間を在職期間から除外すべきであるということもできる。しかしながら、給与条例及び退職手当条例は、休職処分は懲戒処分と異なり、職員の道義的責任を追及することを目的とする処分ではなく、公務に対する信頼保持等の目的から行われる処分であるから、それ相当の給与を支給し、退職金の算定においてもある程度の休職期間を在職期間に加算するのが適当であるとの考えに立って、原告主張のような定めを置いたものである。したがって、起訴休職処分による不利益は、必要な限度にとどめられているということができ、職員間における差別が憲法一四条に違反するという原告の主張は、理由がない。また、原告は、私企業の従業員との差別も主張するが、この点も理由がないというべきである。なぜなら、地公法上、職員に対する休職処分は行政処分とされ、不服申立ての方法、手段が限定されるなど、私企業の従業員の場合と異なる点が認められるが、これは、地方公務員の服務関係が公法関係であることに由来するものであって、なんら不合理とはいえないからである。

さらに、原告は、起訴休職制度が憲法一三条、二五条に違反すると主張するが、この主張も理由がないことが明らかである。起訴休職制度は、前述のように、合理的な理由に基づいて公益上必要な範囲内で不利益を課しているものであるから、仮に休職期間中に支給される金額が生活保護基準を下回ることがあっても、憲法一三条、二五条に抵触することはないというべきである。

以上によれば、起訴休職制度が憲法に違反する旨の原告の主張は、採用することができない。

2  本件休職処分の合憲性について

原告は、地公法二八条二項二号を本件に適用することが憲法に違反すると主張するが、後記4で述べるような事情に照らせば、右規定を本件に適用したのは相当であり、この主張を採用することができないことは明らかである。

3  処分手続の瑕疵の主張について

原告は、任命権者は起訴休職処分をするにあたって、十分な事実調査をなす義務があるところ、被告市長は右調査義務を果たさなかったから、本件休職処分には手続上の瑕疵がある旨主張する。しかしながら、地公法及び分限条例は、処分を、その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないとする(分限条例二条四項)ほか、処分手続について、なんら規定してしない。したがって、処分に当たって、いかなる手続をとるかは、任命権者の裁量に任されており、具体的にとった手続が裁量権を逸脱又は濫用したものと認められるのでない限り、処分が瑕疵を帯びることはないと解すべきところ、〈証拠〉によると、多摩市総務部職員が、本件起訴の翌日である昭和四八年三月七日警視庁に、翌八日東京地検に、それぞれ赴き、本件起訴に係る公訴事実の内容を確認したこと、翌九日、被告市長は、文書で東京地検に本件起訴に係る公訴事実の内容を照会し、同月一五日回答をえたこと、本件刑事事件に関する新聞等の報道の内容、市民の反響等を調査したこと、右各調査の結果をふまえ、公務に対する信頼、職場秩序に対する悪影響等を考慮のうえ、本件休職処分をすることを決定したことが認められる。右事実関係によれば、本件休職処分の手続に裁量権の逸脱、濫用があったということはできず、この点についての原告の主張は採用することができない。

4  本件休職処分の発令についての裁量権の逸脱又は濫用の主張について

職員が刑事事件につき起訴された場合に、休職処分を行うか否かは、前述のとおり、任命権者の裁量に任されているというべきであるが、任命権者は、右に述べた起訴休職制度の趣旨、目的に従って裁量権を行使しなければならず、右裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合には当該処分は瑕疵を帯びると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件起訴に係る公訴事実は、別紙(一)記載のとおり爆発物を使用したというものであって、住民一般の強い非難に値する内容のものであるのみならず、爆発物取締罰則違反の罪の法定刑(死刑又は無期若しくは七年以上の懲役又は禁錮)に照らすと、原告は、本件起訴に係る刑事事件につき有罪とされた場合には、禁錮以上の刑に処されることを免れない結果、公務員の欠格事由(地公法一六条二号)に該当する者となるのであるから、原告がこのような行為をしたとして起訴されたにもかかわらず、その職務に従事させることは、公務に対する住民の信頼を失墜し、職場の秩序を乱すものというべきであり、かつ、原告は本件休職処分当時、勾留により身柄を拘束され職務専念義務(地公法三五条)を全うできず、公務に支障をきたしていたものである。このような事情を総合勘案すると、原告の職務が、書類の受付、交付を内容とするものであって本件起訴に係る公訴事実と関係がなく、かつ、同公訴事実が、原告が被告市に採用される前の出来事であっても、本件休職処分の発令が裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものであるということはできない(以上の説示のうち事実関係については当事者間に争いがない)。

5  起訴休職処分の遡及的違法の主張について

原告は、本件保釈又は本件無罪判決の時点で、起訴休職処分の効力要件が消滅し、本件起訴休職処分が遡及的に違法かつ無効になった旨主張するが、発令時に適法であった起訴休職処分が、仮にその後の事情の変化により継続の必要性が消滅したとしても、処分発令時に遡って休職処分の必要性が消滅するものではないから、後記のように、処分を撤回しなかったことの違法性が問題となるのは格別、休職処分が遡及的に違法、無効となるものではなく、右主張は失当である。

三  次に、本件休職処分を撤回しなかった不作為が違法であるとの主張について判断する。

1  分限条例三条二項は、地公法二八条二項二号の規定に該当する場合における休職の期間を当該刑事事件が裁判所に係属する間としているところ、地公法及び分限条例は、休職処分後に当該刑事事件につき、当該職員が保釈された場合及び無罪判決が言い渡されたが、それがいまだ確定していない場合における休職処分の撤回について、なんらの規定も設けていない。したがって、任命権者は、このような場合、起訴休職制度の趣旨、目的に照らして、休職を継続する必要性が消滅したか否かを判断し、休職処分を撤回すべきか否かを決定することができるのであって、その判断は、任命権者の裁量に任されているというべきであり、任命権者が休職処分を撤回しなかったことが、裁量権の範囲を逸脱又は濫用したと認められる場合でない限り、違法とはならないと解するのが相当である。被告らは、任命権者は右分限条例三条二項の規定に覊束され、刑事事件が裁判所に係属中は休職処分を撤回することは許されないと主張するが、起訴休職処分が、前記のような必要性に基づき行われる不利益処分であることを考慮すると、右必要性が消滅したと認められる場合にまで、休職処分を継続することは相当でないから、右主張は失当である。

2  そこで、本件保釈又は本件無罪判決時に、被告市長が本件起訴休職処分を撤回しなかったことが、裁量権を逸脱又は濫用したと認められるか否かを検討するに、当事者間に争いのない事実と、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、本件起訴(ピース缶爆弾八・九機事件)後、昭和四八年四月四日別紙(二)記載の爆発物取締罰則違反及び殺人、殺人未遂の罪(ピース缶爆弾製造事件及び土田邸事件)で、同年五月五日別紙(三)記載の爆発物取締罰則違反及び殺人未遂の罪(日石事件)で、それぞれ追起訴された。右各起訴に係る公訴事実は、いわゆる過激派による一連の爆弾闘争事件とされたものであり、右各事件は発生当時、新聞紙上に報道されて社会に衝撃と不安を与え、さらに、原告らが、日石、土田邸事件の容疑者として逮捕、起訴されたことは、新聞報道されて社会的関心を集めた。右各事件及びこれと関連するピース缶爆弾アメリカ文化センター事件により起訴された者は原告を含め合計一八名にのぼり、起訴状によれば各被告人の共犯関係は別紙(五)のとおりであった。

(二)  右各事件の公判開始後間もなく、日石事件で起訴されていたNRにつき、同人が、関係被告人らの一致した自白により爆弾を搬送したとされていた時間帯に、警視庁運転免許試験場で運転免許学科試験を受験していたとのアリバイが判明し、次いで同四九年一〇月二〇日、ピース缶爆弾製造事件で既に有罪判決を受けていた他の被告人につきアリバイが判明した旨の新聞報道がなされた。

(三)  同五一年一月二九日、日石事件で爆発物取締罰則違反で起訴されていたSKに対し、東京地裁刑事第三部は、被告人が犯行に関与したとの疑いはなお残るものの、被告人及び共犯者の自白については、詳細に検討するとその信用性には問題があり、事件と被告人を結びつける証拠としては、これら関係者の供述以外には全く存在しないので、少なくとも被告人に関する限り、犯行への関与に合理的疑いをさしはさむ余地があり、結局、犯罪の証明がないとして、無罪判決を言い渡し、新聞は、右判決内容とともに、同判決が他の被告人の裁判に影響を及ぼすことが予想される旨報じた。さらに、同五三年八月一一日、東京高裁刑事第一〇部は、右無罪判決に対する、検察官の控訴を棄却し、新聞は、右判決を、他の被告人の裁判への影響が注目されるとの論評とともに報じた。

(四)  同五二年四月二六日、原告らの審理を行っていた東京地裁刑事第九部は、日石、土田邸事件で起訴されていたEK、NRの保釈を許可し、同事実は新聞報道された。さらに、同部は、同五四年五月、同事件で起訴されていたER及びMNを保釈した。

(五)  同五四年三月二七日、ピース缶爆弾製造事件、ピース缶爆弾八・九機事件及びピース缶爆弾アメリカ文化センター事件(以下、三事件を総称して「ピース缶爆弾事件」という。)で起訴されたMKらの審理が行われていた東京地裁刑事第五部において、証人が、ピース缶爆弾八・九機事件の真犯人は被告人らではなくWMであるとの証言を行い、新聞は、もし同証言が真実なら、事件を根底から覆すことになり、同証言で真犯人とされた者の尋問が注目される旨の報道をした。

(六)  東京地裁刑事第九部は、同五五年四月八日原告を保釈したが、被告市長は、分限条例上、起訴休職の期間が当該刑事事件が裁判所に係属している間とされていること、右保釈当時も、公務に対する住民の信頼確保や職場秩序維持の観点から休職の必要性は消滅しておらず、かつ、保釈後も、公判出頭等により、職務専念義務を全うできないと判断して、休職処分を撤回しなかった。

(七)  同五五年四月一〇日、前記(五)で真犯人と名指しされたWMが、東京地裁刑事第五部に証人として出廷し、自己がピース缶爆弾八・九機事件の真犯人であることを認める旨の証言をし、新聞各紙は、同証言が真実だとすれば検察側の主張が全面的に覆り、被告人らが無実ということになる、あるいは、裁判所が同証言をどう評価するかで全員無罪の事態もありうる旨を報じた。その後、同五七年五月には、MYが、ピース缶爆弾製造事件の真犯人は、同人らのグループであって被告人らではない旨を証言した。

(八)  東京地裁刑事第九部は、同五六年一一月一八日、原告及びMTの供述調書の取調べ請求に対し、ピース缶爆弾事件についての請求分については、一部を除いて証拠採用したが、日石、土田邸事件についての請求分については、任意性に疑いがあり、起訴後の取調べは違法等として、経歴関係のものを除き、他のすべてを却下した。新聞は、日石、土田邸事件は、ほとんど物証がなく、検察側は、捜査段階での供述調書を最大の拠り所として起訴していたため、右決定で検察側の立証は大きく崩れ、両事件につき被告人全員に無罪が言い渡される可能性が大きくなった等と報じた。同部は、同年一二月二日、右証拠決定に対する検察官の異議を棄却した。次いで、同五七年三月一七日、土田邸事件で起訴されているMI、NT及びKMの供述調書等の取調べ請求に対し、違法な別件逮捕、勾留期間中にえられた自白をもとに作成された供述調書は証拠能力がないとして、MIについては、経歴関係の一通を除くその余の請求を却下し、NT、KMについては、別件逮捕中に作成された調書の一〇通のみを却下し、その余の供述調書計五四通及び供述書四通を証拠採用し、右決定は、同日新聞報道された。さらに、同部は、同年四月一五日、日石、土田邸事件で起訴されていたEK及びMH両名の供述調書等の取調べ請求に対し、EKについては供述調書五七通のうち四九通及び供述書一通を、MHについては供述調書三〇通全部を、違法な別件勾留中に作成されたもので証拠能力がないとして却下したが、ピース缶爆弾事件で起訴されているMK及びMOの各供述調書及び供述書八六通については、証拠能力に欠けるところはないとして、MOの五通を除く大部分を証拠採用し、同年五月一三日には、日石事件につき、既に無罪が確定していたSKの供述調書の取調べ請求について、威迫を伴う強制によりえられた自白の疑いがあるとして、任意調べ段階の一一通を除く二三通を証拠能力なしとして却下した。新聞は、右各決定を報じ、日石、土田邸事件については、捜査段階で犯行を認めていた九名のうち六名の自白調書の大半が不採用となり、同事件では物証がほとんどないことから、両事件に関しては、無罪の可能性がますます濃くなったといえるとし、なお、両事件と併合審理されているピース缶爆弾事件については、全被告人の供述調書がほぼ全面的に証拠採用されていると報道した。

(九)  同部は、同年五月一七日MTを保釈し、新聞は、有罪となれば極刑も予想されるこの種事件の主犯に保釈が認められるのはきわめて異例、土田邸事件、全員無罪か等と報道した。

(一〇)  検察官は、同部において、同年一二月八日論告をし、その中で、日石、土田邸事件につき、東京地裁刑事第九部がMTらの自白調書を証拠不採用としたことを不当と非難したうえで、採用された残りの証拠を経験的、合理的推定に基づき総合判断すれば、起訴事実は認定できると主張し、MTに死刑、原告及びERに無期懲役、他の被告人六名に懲役一五年から三年の求刑をしたが、各新聞は右論告に対し、「相次ぐ証拠不採用の中、推測で実行行為構築」、「爆破事件、苦しい論告、求刑」等の見出しのもとに批判的な解説記事を載せ、その中で、有罪論告を展開し極刑など厳しい刑を求刑したものの、これまでの審理経過から、検察部内にも無罪判決を予測する空気が強いが、その一方で、自白調書の不採用に強く反発し、控訴審では、この点を争い、一審の不採用決定を覆すとしており、今回証拠が虫くい状態になったままであえて論告求刑に踏み切った理由も、この控訴審に向けて、自白の任意性、信用性を一貫して強調しておくべきだと判断したためとみられるが、仮に自白調書が採用されていたとしても、アリバイ確定や真犯人登場などで、自白そのものに大きなほころびが出ており、検察側不利の情勢は、すでに容易には覆せない事態にみえると報じた。

(二) 次いで、弁護人は、同五八年一月一八日、被告人らの無罪を主張する最終弁論を開始し、新聞は、その内容につき、次のように報じた。すなわち、まず総論では、捜査の過程を弁護側から検証し、捜査当局は最初の別件逮捕時から、MT被告人が日石、土田邸事件の犯人、との予断を持ち、同被告人との交友関係を利用して物語を創作、それを被告らに押しつけ自白をねつ造した、裁判史上、まれに見るえん罪事件だ、と捜査そのものを厳しく非難した。次いで、焦点の日石、土田邸事件では、証拠採用されたNR被告人らの土田邸に爆弾を仕掛ける謀議や、爆弾製造を認めた自白調書について信用性がないことを強調するほか、郵便局で土田邸の爆弾を差し出したとされるMN被告人のアリバイ等を詳しく展開し、ピース缶爆弾事件についてはピース缶爆弾製造の真犯人を名乗り出たMYの証言の信用性を強調、さらに、ピース缶爆弾事件関連被告人らの捜査段階での自白に信用性が乏しいことを指摘した。

(三) 東京地裁刑事第六部は、同年三月二四日、土田邸事件につき起訴されていたMHに対し、無罪判決をし、その理由中で、MHは土田邸事件の共同正犯の一人して起訴されている者であるが、検察官の主張によると、MTらはまず日石事件を敢行し、その失敗を踏まえて検討を重ね、土田邸事件に及んだものとされており、証拠関係及び捜査の経緯から見ても、両事件についての判断は不可分のものといわざるをえないとして、日石事件についての判断にも踏み込み、日石、土田邸事件について起訴された一一人のうち九人が自白し、膨大な自白調書が作成されているが、これらの自白については、その任意性は否定されないものの、その信用性に疑問を抱かせる方向に働く事情が数多く存在し、到底その信用性を肯定することはできず、結局本件は犯罪の証明がない等と述べ、新聞は、右無罪判決につき、この判決によって、同年五月一九日に判決言渡しが予定されている原告らについても、日石、土田両事件については無罪判決が言い渡されるのは、ほぼ確実となった等と報道した。右無罪判決は、検察官の控訴断念により確定し、これにつき、新聞は、土田邸事件のほか関連の日石事件にまで踏み込んで各被告人の自白の信用性を否定した無罪判決に対して争わないことは、両事件捜査の誤りを検察自らが認め、その構図が全体的に崩壊したことを意味している、原告らの無罪判決も不動のものとなった等と解説したが、他方、検察官はMH被告人の無罪が確定すると原告らに対する判決への影響は大きいが、MH被告人は単なる運転役にすぎず、同被告人が無罪となっても事件全体への影響は最小限に抑えられるとの判断に落ち着いたものと見られるとの解説をする新聞もあった。

(一三)  東京地裁刑事第九部の原告らに対する、同年五月一九日に判決を控えて、各新聞は、日石、土田邸事件は、裁判上では、既に一応の決着をみたといってよく、判決の焦点は、ピース缶爆弾事件をどのように判断するかである、日石、土田邸事件では、犯行と被告人とを結びつける唯一の証拠となる自白調書の大半が、違法収集証拠等として却下され、爆弾搬送の際に車の運転をしたとされた被告人の無罪が確定する等、検察官構図は根底から崩壊しており、無罪となるのは確実だ、ピース缶爆弾事件でも真犯人が名乗り出て証言する等、検察側主張は大きく後退している等と報じた。

(一四)  東京地方裁判所刑事第九部は、同五八年五月一九日、前記各起訴に係る刑事事件につき、原告を含む被告人九名に対し、無罪判決を言い渡した。同判決は、その理由中において、本件においては、被告人らと各犯行を直接結びつけるような物的証拠はないものの、被告人らが本件各犯行の犯人であっても格別不思議ではないような活動状況がみとめられること、多数の者が捜査段階において自白し、中には公判廷においても自白を維持した者があり、また、捜査段階においては自白しなかったが、後に証人として出廷して自白した者があること、これらの自白は大筋においては一致し、それらの多くは具体的かつ詳細なものであること等から考えると、被告人らがそれぞれ本件各犯行の犯人であることは動かない事実であるかのように見える。しかしながら、本件にあたっては、結局、被告人ら及び共犯者とされる者らの自白の信用性が決め手になるものであるところ、その内容を子細に検討してみると、これらの自白中にはいわゆる秘密の暴露はなく、重要な点について証拠物との不一致、内容の不自然さ、各供述相互の食い違い、供述の変遷等が少なからず見受けられるのであって、各自白の信用性を判断するには慎重な検討が必要であるとして、各自白の内容につき検討を加えたうえ、被告人ら及び共犯者とされる者らの自白の信用性を否定し、結局本件証拠調べの結果によると、原告らがピース缶爆弾八・九機事件、ピース缶爆弾製造事件及び日石、土田邸事件の犯人であるとの疑いは強く残るものの、これと断ずるには至らず、犯罪の証明がないと判示したが、他方、ピース缶爆弾八・九機事件についてのWMの真犯人証言には多数の疑問点があり、ピース缶爆弾製造事件についてのMYの真犯人証言も事実と矛盾する点やそれ自体不合理と認められる点が存在するなどいずれも信用性に乏しく、被告人の無罪の証拠にはなりえないとした。右判決理由の要旨は、同日新聞紙上に報道された。

(一五)  被告市長は、右無罪判決の後も、分限条例上、休職処分の期間が当該刑事事件が裁判所に係属している間とされていること、右無罪判決は確定しておらず、右起訴に係る事件の重大性に鑑みるならば、いまだ、公務に対する住民の信頼維持、職場秩序の維持、職務専念義務の履行のいずれの観点からも休職の必要性は消滅していないとの判断のもとに、本件休職処分を撤回しなかった。

(一六)  東京地検検察官は、同月三〇日、右判決を不服として、東京高裁に控訴の申立てをしたが、東京高裁刑事第七部は、同六〇年一二月一三日、右控訴を棄却し、上訴期間の経過により、原告らの無罪が確定したため、被告市長は、原告を同月二八日付けで復職させた。

(一七)  被告市の職員の一部は、原告の本件起訴後間もなく、多摩市甲野救援会を結成して原告の支援にあたっていた。また、被告市の大部分の職員を以て組織されている被告市職員組合は、同五四年四月一三日の第一三回定期大会で、原告救援についての決議を行い、右決議に基づき保釈上申書の提出、原告に対する特別貸付等を行い、本件無罪判決後は、被告市長に対し、原告の復職を再三にわたり要求する等、原告を支援していた。

3  原告は本件保釈の時点で本件休職処分を撤回すべきであった旨主張するが、本件起訴から本件保釈までの間に生じた前記2の(二)ないし(五)の事情のみでは、これらの事情が原告の起訴事実全体にどのような影響を与えるかを的確に予測することは困難であったといわざるをえないから、本件保釈がされたからといって原告が起訴事実全体につき無罪であるとの心証を裁判所が有していると速断することはできなかったものである。したがって、本件起訴及び追起訴に係る公訴事実が爆弾を製造、使用したうえ、人を殺傷したという住民一般の極めて強い非難に値するものであることを考慮すると、右保釈の後においても原告をその職務に従事させることは、公務に対する住民の信頼を失墜し、職場の秩序を乱すものであったというべきであり、右2の(一七)に認定するような事実も右の判断を覆すに足りるものではない(職務専念義務を尽くせる旨の原告の主張は、この判断に影響を与えるものではない。)。よって、被告市長が、本件保釈後もいまだ休職処分を継続する必要性が消滅していないとの判断のもとに本件休職処分を撤回しなかったことをもって、その裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものということはできない。

4  次に、原告は、本件無罪判決の時点で本件休職処分を撤回するべきであったと主張するが、前記2で認定した本件無罪判決に至る事情を総合しても、原告が無実であることが明らかであったということはできず、本件無罪判決の理由中の説示の内容、右無罪判決に対する検察官の控訴の存在並びに本件起訴及び追起訴に係る公訴事実の内容の重大性に照らすと、右無罪判決の後においても、なお公務に対する住民の信頼保持及び職場秩序維持の観点から本件休職処分の必要性が消滅したと断ずることができなかったというべきである。右2の(一七)に認定した事実に照らせば、本件無罪判決の後は職場秩序の対する悪影響は相当程度薄らいだものといえようが、それだからといって、右の必要性に関する判断を左右するものではない(職務専念義務に関する主張については、前同様である)。したがって、右無罪判決後も本件休職処分を撤回しなかったことが、起訴休職制度の趣旨、目的に照らして裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものということはできない。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 酒井正史 裁判官 阿部正幸)

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